網膜色素変性症に罹患した私自身が普段から感じる不便さ。“見えにくい”とは・・・その正体について、語りたいと思います。
やはり視野が狭いこと(視野狭窄)と、夜や暗い場所に移動をした際に、 周囲を認識する力が落ちてしまうこと(夜盲)を感じる機会があります。 視野が狭いと目の前がどう見えるものなのか…? それについて私は以前から次のような説明をさせて頂いています。 もちろん、これについては全ての網膜色素変性症の方と違う部分もあると思いますが、 あくまで一例としてご理解を頂ければと思います。
――ある日あなたは、お友達との外食に中華料理店を選びました。
四人掛けの席へ案内され、二人が向い合わせで余裕を持って座ります。
お腹はペコペコ喉も乾いています。
「折角だからちょっと呑もうよ…?!」
と友達から誘いを受け、すっかりとその気になりました。
「…取り敢えずビール!あとチャーハンとラーメンのセットを二つ。それに餃子を四人前ねっ」
意気揚々と注文をし待ちます。 熱々のチャーハンとラーメンが二つずつ目の前へ並び、これまた、真ん中には焼きたての大盛り餃子が四人分、 その脇にタレ用の小皿。そして、目の前には冷えた生ビールにサービスのザーサイの小鉢が付いてきました。 山盛りの箸立ての脇には小皿へ注ぐ醤油、酢、ラー油の小瓶があり、いよいよ宴の始まりです。 ずらりと並ぶそれらを前に、今や遅しと割り箸を割り 「頂きまーす」と掛け声。
(ここのラーメンの焼豚はどんな味かな…?)
早速手始めに箸に取り、滴るツユからそっと持ち上げて……。
――貴方の目の前に食事の情景がつぶさに浮かんだでしょう。
さて眼前に広がる景色の中、この私が見えているものは…
友達でしょうか?
それとも、豪華な料理でしょうか?
“箸先の焼き豚一枚とその向こう、丼鉢の端っこのナルト模様のごく一部”
……たったのそれだけです。 テーブルに並ぶ料理の数々も、向かいに座る友達の笑顔も、決して同時に見ることは叶いません。 全部を見ようとするならば、その都度その都度視線を“飛ばすように”移し代え その度に、また何処かを見えなくさせながら、ゆっくりと全体像を脳内で把握する。 そんな「作業」をしています。 これが日中活動をしている間、ずっと続くといった具合となります。
視野狭窄に重ねて起きる夜盲も更に輪をかけて、私の視野を奪います。 網膜の働きが次第に下がることによって、特に夜間の視力を保つことが難しくなってきますし 逆に、ある程度明るい所が非常に眩しいと感じてしまうことが当たり前のようになってきます。 これらの症状は、ある日突然に訪れるといった具合とはならず、何年何十年といった時間のうちに 徐々に進行して行くことが多いみたいです。
私の場合は、医師より病名を告げられてから、白杖を付くようになるまでおよそ10年以上が経過していました。
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